福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)49号 判決 1963年12月24日
控訴人 株式会社福原商店
右代表者代表取締役 福原喜平
控訴人 株式会社尼安本店
右代表者代表取締役 百合本謙三郎
控訴人 金家産業株式会社
右代表者代表取締役 金家佐祐
右三名訴訟代理人弁護士 岩本憲二
原審原告繁永昌久承継人、妻 被控訴人 繁永歌子
<外六名>
主文
原判決を、次のとおり変更する。
控訴人等三名は連帯して、原審原告繁永昌久の相続人である被控訴人等に対し、右被控訴人等の相続分(被控訴人歌子は三分の一、その余の被控訴人等は各九分の一)に応じて金三〇万円、及びこれに対する昭和三四年七月一五日以降支払いずみまで、年五部の割合による金員を支払え。
被控訴人等のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人等の負担とし、その余を控訴人等の連帯負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、訴外有限会社繁永商店の代表取締役であつた原審原告繁永昌久は、原判決言渡後の昭和三六年一二月二九日死亡し、その妻である被控訴人歌子、及び直系卑属であるその余の被控訴人等六名がそれぞれ原審原告昌久の遺産を相続し、その訴訟上の地位を承継したものであること、右訴外人有限会社は直方市方面において海産物乾物商を営んでおり、下関市所在の控訴人等三株式会社から該商品の仕入れをしていたのであるが、右買掛債務に関し控訴人等三株式会社を債権者、前記有限会社を債務者とし、原審原告昌久を連帯保証人として、山口地方法務局所属公証人古谷判治作成第三八三三三号債務弁済契約公正証書が昭和三四年六月二日作成され、次で同月一〇日、一一日の両日に亘り、右債務者有限会社のほか連帯保証人原審原告に対し、有体動産差押の強制執行がなされたこと、以上の事実は、本件当事者間に争いがない。
二、前掲公正証書は、被控訴人等の先代昌久が要素の錯誤により作成した無効な公正証書であるとし、又は控訴人等三株式会社の係り員が被控訴人等先代昌久を欺罔して作成せしめた詐欺による契約で、昭和三四年六月八日これが取消の意思表示を右昌久からなしたのに拘らず、前示強制執行に及んだのであつて、該強制執行は違法であるとする被控訴人等の主張に対し、控訴人等はこれを争うので先ずこれらの点について検討する。
≪証拠省略≫を合せ考えれば次のような事実を認めることができる。
(1) すなわち訴外有限会社繁永商店は、控訴人等三株式会社に対し昭和三四年五月末日頃現在で総額約三二九万七、五五六円(株式会社尼安本店一二一万五、八三八円、金家産業株式会社一一〇万一、六一二円、株式会社福原商店九八万一〇六円)に達する買掛債務を負担し、これが支払いに窮していたので猶予方を求める一方、商品の取引継続方を懇請するため、同月二九日金尾捨造の助言もあつて同人と共に下関市の控訴人等三株式会社を訪れたところ、控訴人等債権者側三株式会社から有限会社繁永商店の在庫品の調査、その他これら商品に対する売渡担保権の設定などの要求に応ずるならば、右有限会社との取引を継続し、その再建整理に協力するとのことであつたので、被控訴人等の先代昌久はこれを承諾し、福原商店に対しては繁永商店の建物に対する所有権移転請求権保全の仮登記手続もなす一方前示売渡担保権の設定は他の債権者による財産差押えを防止するための対抗手段にすぎず、繁永商店の再建整理について控訴人等三株式会社の協力が得られ、将来の取引継続も可能であると信じて、昌久個人としても右有限会社の債務について連帯保証をし、有限会社の殆んど全部に近い資産を控訴人等三株式会社に提供して売渡担保権を設定することとし、昭和三四年六月二日付前示公正証書の作成となつたのであるが、該公正証書作成に際しては被控訴人等先代昌久は、委任状竝びに印鑑証明書を控訴会社尼安本店の浜井弘造に交付して直接関与しなかつたため、債務弁済期を公正証書作成当日の昭和三四年六月二日とし、期限後の損害金を日歩五銭とするほか、これが支払いを怠つたときは強制執行を受けても異議がない旨のいわゆる執行約款など、全く控訴人等三株式会社に一方的に有利な条項が擅に定められるに至つたこと、そして被控訴人等先代昌久の商品送荷の要求に対しては、同人の父弥蔵名義の不動産に対する根抵当権の設定などを求めてこれに応じなかつたこと、そこで被控訴人等の先代昌久は同月八日吉永弁護士を伴い控訴人等会社を訪ね、当初の約旨に違背するとして前掲公正証書による売渡担保契約の解消を迫り、控訴人等三株式会社側の不信行為を攻撃するに至つたので、控訴人等三株式会社はもはや猶予できないとして、前記公正証書に執行約款がなされており、且つ前記の如く公正証書上の弁済期が既に経過しているのを奇貨として、前示強制執行の強硬手段に及んだものであること、をそれぞれ認定することができる。
原審における証人朝本惣一、浜井弘造、竹本正男の各証言、控訴三株式会社各代表者尋問の結果中右認定に反する部分は当裁判所の措信しないところで、当審に提出された乙第二乃至第四号証によつても、右認定を動かすに足らない。
(2) してみれば、前掲公正証書にある売渡担保権設定に関する部分は、有限会社繁永商店の再建整理に協力すべき債権者側控訴人三株式会社の義務を除外して一方的に債務者側に不利に作成されたもので、かような不利な契約は、昌久自身はもとより一般債務者としてもなす筈もないものである点において、要素に錯誤があり、無効な契約であるといわねばならないのみならず右公正証書第一条にある遅延損害金、日歩五銭、弁済期限方法昭和三四年六月二日限り全額完済のこと、とある部分、同第一七条にある右有限会社及び連帯保証人の全財産について強制執行を受けても異議ない旨のいわゆる執行約款に関する部分も、被控訴人等先代昌久の意思に基づかず擅に定められた約旨であつて、無効なものといわねばならず、このことは控訴人等株式会社に対し、前示吉永弁護士から指摘警告されたのに拘らず、敢えて本件強制執行に及んだのであつて、斯様な事情を考慮すれば、控訴人等のなした本件強制執行は、単に無効な債務名義による不当執行たるに止まらず、故意又は少くとも過失による違法執行たる性格を有するものといわねばならず、控訴人等は共同不法行為者として連帯して右違法執行による損害賠償の責に任ずべきである。
三、そこで進んで被控訴人等先代昌久の受けた損害額について案ずるのに、≪証拠省略≫を合せ考えれば、被控訴人等先代昌久は、有限会社繁永商店の代表者として筑豊地区における海産物卸商を営み、永年活躍してきたのであるが、石炭業界不況のため右有限会社の運営にも甚大な影響を受けていた矢先に、控訴人等三株式会社の前示違法な強制執行により手持商品の殆んど全部を直方市所在の日本通運株式会社倉庫に搬出され、営業の継続はもはや不可能視されるまでの打撃を受け、これが一誘因となつて右有限会社は遂に破産宣告を受けるに至つたのであつて、右有限会社は昌久の個人経営にもひとしい経営規模で、昌久個人の信用もこれがため失墜するに至つたことを窺知するに難くない点を考慮すれば、同人の蒙つた精神的損害に対しては、その慰藉料を金三〇万円とするを相当であると考えられる。
被控訴人等は、物的損害として昌久が右有限会社から受くべかりし報酬月額三万円の割合による昭和三四年六月以降向う五箇年間の合計額一八〇万円の賠償請求権を有するというのであるが、右有限会社は控訴人等を含む多数債権者に多額の債務を負担し、その頃遂に破産の宣告を受けるに至つたことは前示説示のとおりであるから昌久に右のような得べかりし利益の喪失による損害の発生を認めることは極めて困難であるのみならず、仮に該損害があるとしても、これと本件違法執行との間に直接の因果関係は認められないものといわねばならず、該請求はこれを認容すべきでない。(昌久は昭和三六年一二月二九日死亡しているので、同日以降の分はこの点からも失当である。)
以上のとおり被控訴人等がその先代昌久の相続人としてなす請求は前掲慰藉料金三〇万円と、これに対する本件訴状送達の翌日である昭和三四年七月一五日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の限度で認容すべきで、その余は失当として棄却すべきである。
そこで本件控訴は一部理由があるので、これと異る原判決を変更することとし、民事訴訟法第九二条第九三条第九六条を適用して訴訟費用の負担を定め、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩永金次郎 裁判官 厚地政信 原田一隆)